そこにいたのは、ピアノ弾きで妻子あるクローゼットのゲイのバディ、若いころは南部一の歌姫で今は常連たちのメンター的存在のウィリー、プエルトリコからの移民で昼は大工、夜はドラァグクイーンのフレディ、フレディの母親で息子のよき理解者イネズ、MCC(※)の神父リチャード、謎めいた若いイケメンのパトリック、ホームレスの男娼デール、アップステアーズラウンジのオーナーでレズビアンのヘンリ、気のいいバーテンダーのラリー。(M3:きっと見つかる)
※メトロポリタンコミュニティ教会
1968年に設立された世界的なプロテスタント宗派。当時キリスト教会では同性愛は罪とされていたため、MCCは性的指向に関係なくすべての個人を受け入れ、同性愛者の人権を守る社会的な活動を行っていた。
自分がデザインしたジェンダーレスなファッションに身を包みちょっとオネエ言葉混じりのウェスは、明らかに同性愛者と認定され、とりあえずそのままラウンジに居ることを認めてもらえた。彼に興味を持ったパトリックが近づいてきて話すうちに、お互いにどこか惹かれ合うものを感じる。(M4:今日の出来事)
50年前のアメリカでは同性愛者は教会からも拒絶され、ひどい差別と偏見にさらされていた。同性愛者であることがわかれば社会的に抹殺される。彼らは生きていくために自分を偽り、緊張とストレスの中で生活していた。アップステアーズラウンジは、そんな彼らが唯一自分らしくいられるコミュニティであり、教会であり、仲間は家族同様。大切な大切な場所だった。(M5:聞こえますか)
彼らの置かれている状況に驚愕しながらも、現代のニューヨークから来たウェスにはただ神に奇跡を祈るだけでヘイトクライムと戦おうとしない彼らが歯がゆく感じられる。
ラウンジに警官が乗り込んできたときは、バディが「結婚して妻子もいる私がピアノを弾いているこの場所ではいかがわしいことは何も行われていない」と賄賂を握らせて事を収めようとする態度に納得できず、「あんたの給料は我々の税金で払われている」などと警官に突っかかり、あわや逮捕されそうになった。
ウェスのそんな行動は逆にラウンジを危険にさらすだけだと反感を買うが(M6:壁の外の世界)ウェスの勇気にびっくりしたパトリックとの距離は縮まった。
フレディのドラァグショー用の衣装は警官に没収されてしまったため、フレディが母親にメイクをしてもらっている間に(M7:やり過ぎだわ)急遽ウェスがあり合わせのカーテンとガムテープでドレスを作った。パトリックも皆も喜んでいるし、久しぶりに純粋に服を作る喜びをウェス自身も感じたが、これをインスタにアップすれば6000いいね!はもらえたのに…と思ってしまう。彼にとっての現実とは、目の前でリアルに起きていることではなく、多くの人間がSNSを通してバーチャルで共有するもの。(M8:未来は最高!)だからこそそこで評価が得られるかどうかに一喜一憂し、疲れてもいた。
このラウンジでは、お互いのプロフィールをデータで確認し合ってから出会う、というプロセスはない。直接他人と向き合うことに戸惑いと恐れを感じるが、そんな弱さをパトリックにさらけ出している自分にも驚く。
お気に入りのパトリックがウェスと親密になっていくことが面白くないバディが二人に絡み、パトリックも男娼として商売していることを暴露する。商売で自分に近づいたのか!とショックを受けたウェスがパトリックに侮蔑的な言葉を投げつけると、パトリックは自分が子供の頃家を捨て生きるしかなかった辛い過去を語る。(M9:虚空のワルツ)
パトリックの心の傷を知り、思わず彼を包み込むように抱きしめるウェス。(もはやバディの邪魔する余地なし。)
そしてフレディのドラァグショーが始まった。(M10:魅惑の人)フレディの素晴らしいパフォーマンスで華やかに盛り上がるラウンジ。ドラァグショーは、外の世界との接点を確保するためにリチャードが中心となって行っている障害児への募金活動を兼ねている。 デールも精一杯フレディに賞賛の言葉を送ろうとするが、逆にドレスにビールをかけてしまったりと、やることなすこと裏目に出ている。常連の視線も彼には冷たい。あきらかにこのラウンジで浮いた存在だった。誰にも受け入れられず、孤独を深めるデール。(M11:孤独の闇)
せっかくいいムードになったウェスとパトリックだが、価値観の違いからまた激しくぶつかってしまう。それでもフレディの母イネズの愛情に満ちたアドバイスを受け入れ(M12:一番大切なこと)、ウェスは自分の心ともパトリックともきちんと向き合うことを誓う。(M13:こんな風な)こんな場所で、本物の愛が生まれた瞬間を目撃した常連たちもすっかり祝福ムード。
しかしここでデールの不満が大爆発する。パトリックと自分の扱いの差、自分の窮状には誰も手を差し伸べてくれない現状、誰も自分を見てくれないことへの苦しさ。彼の中の孤独は手の付けられない怒りに変換されていた。そんなデールの態度に今度はバディの怒りが爆発。お前はこのコミュニティの仲間じゃない、お前が歓迎されるのは精神病院だけだ!と完全にデールの存在を否定する。デールはバディに殴り掛かり、止めに入ったヘンリにも唾を吐きかけてしまう。そこでようやく我に返ったが、ヘンリから出て行くよう命じられ、自分がこの最後の居場所も失ったことを悟り、ラウンジから出て行った。
バディは自分もここに居てはいけない人間だと言って去ろうとするが、失うものの大きさに泣き崩れる。そんなバディを再びピアノの前に導き、全員が手を取り合い、友情と絆を再確認する。(M14:絆)
再び活気を取り戻したラウンジだったが、突然火事になり全員が逃げ惑う。
そしてその火事とオーバーラップするようにウェスは自分の購入した廃墟のような部屋に戻っていた。
パトリックもまだそばにいた。 彼の口から、ラウンジの入り口のブザーが鳴らされてヘンリがドアを開けると、誰かガソリンをまいて火をつけた炎が一気に燃え広がり、逃げ場を失ってあの場にいた全員が悲惨な最期を遂げたこと、犯人は捕まらなかったがこの事件の1年後にデールが自殺したこと、パトリックは身元が判別できないほど焼け焦げ、共同墓地に埋葬されたことなど、衝撃的な事件の様子が語られた。
この当時、同性愛者が集まるバーの惨事に対しては真剣に捜査も行われず、これで厄介者が減った、という残酷な世間の目があったことも。
パトリックは、ここで起こったことを、ウェスの感性を通して何か美しいものとして生み出していってほしいと言った。
50年経っても実際まだ差別は根強く残っていて、それを見ないふりをしてやり過ごしているだけの自分にそんなことはできない、世間は何も変わっていない、と涙を流すウェスに、パトリックは「君が変わっていくんだ」と優しく抱きしめた。ウェスの前には無限の可能性が広がっているのだ、と。 そしてパトリックの姿が消えた後、ウェスはこの出会いの喜びと痛みを抱え立ち上がる。(M15: 君が見た、あの日)
END